別れの日まで(東京・バチカン往復書簡)

▶︎ 主を思う・・

<哲学にもいろいろなものがあります>

これは、たいした本です。あなたが哲学を好む方なら是非読まれたらいいと思います。多くの哲学書は、形而上学的で観念論的なものが多いです。
パスカルのパンセなどがそうですが、それはそれなりに価値があると思います。でも、この書には、人のぬくもりがあります。そういう人の生きざまの中から発せられる“哲学”もあるのです。
この書は、往復書簡と言いますが、曽野綾子さんが尻枝正行(しりえだまさゆき)神父の知恵を引き出すために仕組んだ方法だったようです。
つまり、曽野綾子さんからの手紙に尻枝神父が返信するという方法で、人のたましいについての神父の考えを公表してもらおうということのようです。それで、神父も(通常の返信よりは)もう少しつっこんだ思索を書き送っているのです。

<尻枝正行神父という人>

戦後の貧困の中で家族を助けるために、正行少年は、くぎ泥棒をしに建設中のカトリック教会に入っていきました。
そして、リュッサックにくぎを入れていたら、突然黒い衣をまとった外人に首ねっこをつかまれたのです。もうダメだ、自分は牢屋に送られると思いました。
お母さんがどんなに悲しむだろうと思ったそうです。ところが、その外人はなぐるのでもなく、捕らえるでもなく、そのリュックサックをとって、くぎを詰められるだけつめて帰してくれたのでした。
門のところで「足りなかったら、また来なさい」と言われたそうです。その人は、ロンカート神父という人でした。
正行少年は、その晩眠ることができず、明け方起きるとすぐに教会までの4キロの道を走り、神父を見つけて「先生、私は、陸軍大将になるのを止めました。先生みたいになりたいです。お願いします。教えてください」と頭をさげたのでした。これが正行少年の神父になっていく始まりでした。
カトリック教会にはこういう話は多いです。彼らが無言実行の方たちだからだと思います。このロンカート神父は、育英学院の火事で逃げ遅れた同僚を助けるために火の中に入って行き、その若者を腕にしっかり抱きかかえたまま亡くなっていたとのことです。(P.76, 77からの抜粋)

<すべてを失った時に神を見る>

この往復書簡は、“すべてを失った時に神を見る”という見出しで始まります。曽野綾子さんが目を病み、視力を失うかもしれないという時です。
視力の減退で、5つの連載を休載にしなければならなくなり、リスクを抱えた手術をしなければならなくなった時から、この往復書簡が始まります。そういう大変な時に、尻枝神父が“すべてを失った時に神を見る”と言われたのです。
その時、曽野綾子さんは”おお、いやだ“と思ったのです。そして、”神さまなんか一生見なくていいから、私の視力をとっておいてください“と答えたのだそうです。
尻枝神父は、その返信で、そんなことを言ったことを詫びながら、その言葉を発した背景を話されました。つまり、その時に自分の脳裏にアシジの聖フランチェスコのイメージがあったこと。
そして聖フランチェスコは、「私」と「私のもの」が一切なくなったら、神は、初めて恵みとして姿を現してくれる。・・・無所有の有、禅でいう無一物、無尽蔵ということだろうと思ったというのです。・・・
こういう文になじみがない方には、読みにくいかも知れませんが、曽野綾子さんと尻枝神父の知性を楽しむことができる本だと思います。

<尻枝神父の「追悼式典並び偲ぶ会」>

尻枝神父は、2007年6月10日ローマ教皇庁サレジオ大学修道院病院にて召天され、同12日サレジオ修道院で葬儀が執り行われましたが、日本でも追悼ミサを行いたいということで、「追悼式典並びに偲ぶ会」がもたれました。
そこに各宗教界の代表があつまったのです、カトリックやプロテスタントは勿論、仏教や神道の方々です。神父がいかに親しく他宗教の方々と交流され、敬愛されていたかがうかがわれます。
宗教界とバチカンとの架け橋 尻枝神父追悼ミサ
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/20070721.htm
カトリック教会(普遍的な教会)というのは、(各地に散らばった)初期のキリスト教会(集まり)を取りまとめて、ひとつの教会としたものです。それゆえ、地方のいろいろな迷信的な習慣や祭りなどをもカトリック教会として取り込まれてきたのだと(神学校で)聞きました。
でも、それは、清濁併せ持つということではなく、福音伝道の一環だったのです。尻枝神父は、そういう姿勢で他の教派の人たちと接してこられたのですね。
尻枝神父を知ることがなかった私ですが、そういう方がおられたことをうれしく思います。尻枝神父は、まさに、パウロがコリントの人々に語ったことを実行されたお方でした。

「 9:19 私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。 9:20 ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。 9:21 律法を持たない人々に対しては、──私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが──律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。 9:22 弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。 9:23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。」(第一コリント9章19~23)

<同期の桜>

尻枝神父の好きな歌、「同期の桜」は、忌まわしい(失礼)“軍国主義の歌”ですが、神父はそれを変え歌で歌いました。陸軍大将をやめて、カトリック教会の神父になった人の歌です。


<貴様と俺とは、同期の桜、同じ神学校の庭に咲く、咲いた花なら散るのは覚悟、
みごと散りましょ、キリストのため>

キリストのために生き、キリストのために死なれた尻枝神父に敬礼します。ロンカート神父に、尻枝神父のお母様に、曽野綾子姉妹(*)にお礼を申し上げます。
(*クリスチャンは、カトリックであれプロテスタントであれ皆兄弟姉妹です。)
ロバート・イー


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Posted by SANBI.us