草は枯れ、花はしぼむ。だが私たちの神の言葉は永遠に立つ。 イザヤ40

▶︎ 命の水の泉から

毎日30分歩くことにしていますが、今は初夏で次々といろいろな花が楽しませてくれます。ある日、菖蒲(しょうぶ)にでくわし、あまりにも素敵でついつい、絵心のない私ですのに、描いてみたくなりました。でももちろん、本物の美しさにはかないません。ところが、2、3日したら、あっけなく、しぼんで枯れていました。
  
(写真)いつもは家の周りしか歩いていませんが、一週間に一度は公園を歩きます。その公園の中の雑草ばかりだった所に急に豪華な鮮やかな花が咲き出したのです。蕾は首が垂れてとても愛らしいです。たぶん芥子(けし)でしょう。ところがこれも2,3週間したら、哀れなものでした。

まさに「草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神の言葉は永遠に立つ。イザヤ書40:8」の通りです。第一ペテロ(の手紙)にこの箇所が引用されているのには、「人は皆、草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ」という言葉が前に書いてあります。

このごろ、なんでもコンピューターで調べることができるので、その8節の言葉を調べましたら、口語訳聖書では、「立つ」ではなく「変わることがない」、リビングバイブルは「いつまでもすたれることはない」、原文のへブル語では「固く立つ」という意味にとどまることなく、「人を起こして立たせていく、立ち上がらせていく復活的な意味合いをもった言葉」だというのです。そして英語でいうなら「raise up, rise , arise」に相当するとのことです。

神の言葉は私たちがしぼんでもピンと立たせてくれます。イザヤ書40章ではこれに続いて有名な箇所「しかし、主を待ち望むものは新しく力を得、鷲のように翼をか(翔)って上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない」が締めくくりになっています。

孫(現在7歳)の日本名はここ、翼をか(翔)ってから翔とつけました。彼が生きていく上で、神様から力をいただいてどんな時でも天にか(翔)け上がることができますようにという思いを込めました。

竹下弘美


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。よろしければ応援クリックをお願いします。