「辞世の句」って恰好いいけど、今どきそんなものを残す人がいるのだろうか?

07/18/2020▶︎ 主を思う・・

おもしろき
こともなき世を
おもしろく

すみなしものは
心なりけり

高杉晋作

昔の人は、この世に別れを告げる時、歌を詠みました。幕末の志士、高杉晋作の辞世の句「おもしろきこともなき世をおもしろく」は、上の句で、下の句は、高杉が詠んだのではないのです。

私が初めて、この辞世の句を知ったのは、「薩南の鷹」(広瀬仁紀)という小説を読んだ時でした。幕末の動乱の時、薩摩にめっぽう腕のたつ中村半次郎という人がいて、人は彼を“人斬り半次郎”と呼んでいたそうです。その小説のなかに、その頃、活躍した高杉晋作の臨終の話が出ていたのです。

高杉は、臨終近くに辞世を書くために筆を求めて、「おもしろきこともなき世をおもしろく」と書いてから力がつきたように、筆を置きますと、彼を看病していた野村 望東尼(のむら、ぼうとうに)という尼さんがその筆を取って「すみなすものは心なりけり」と続けたと伝えられています。

それで、高杉晋作の辞世の句には、上の句しかなく、おまけに「おもしろきこともなき世をおもしろく」と「おもしろきこともなき世におもしろく」の2通りの碑があって、どっちが正しいのかわからないのだそうです。(ウィキペディア(Wikipedia))

私は(普通に)「おもしきこともなき世をおもしろく」をとりますが、「すみなすものは心なりけり」という意味は、“心の持ちようで楽しくなる”ということですね。で、上下合わせると、<この世に生きるというのは、つまらないことだけど、心の持ちようで“楽しいもの”にもなりうる>という意味になります。

“心の持ちよう”・・・日本の人は心を大切にします。ある人は“心の持ちようで”癌が治るといいますが、・・治るわけありません。いつも楽しくしていると、良いホルモンが出て、健康になるという人がいますが、気のせいです。よいホルモンなんて医学的なものではありません。

勿論、いやなことばかり考えるより、楽しいことを考えている方がいいに決まっています。精神状態は、よくなります。身体の活動に寄与します。が、それで癌は治りません。絶対に治りません。こういうのを精神主義といいます。精神主義で解決できるものは精神の領域だけです。

私が下の句をつけるとしたら、「すみなすものは、神の愛なり」とします。自分が神さまに愛されているとわかったら、うれしくなりますが、そういう思いによって、精神的に向上するという意味ではありません。生きて働かれる神さまを体験できるという意味です。

実際に、自分は漫然と生きているのではない、生かしていただいているのだということがわかると、“つまらなかった世界”が(実質的に)“すばらしい世界”に変るのです。それは経験した人しかわからない領域です。

戦国時代にキリシタンとして生きて、死んだ、細川ガラシア夫人の辞世の句が素晴らしいと思います。『散りぬべき時 知りてこそ、世の中の花も花 人も人なれ』という歌が残されています。

みなさんは、この歌をどのように読みますか?私は、<散る時を知る花のように、私もそのように(さりげなく)この世を去りたい>と読みます。この世を去ったら、天のふるさとに行けるのだと知っている人の歌です。

ロバート・イー


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07/18/2020▶︎ 主を思う・・

Posted by SANBI.us