退職

▶︎ 命の水の泉から


14年勤めた会社を昨日退職した。希望退職のパッケージが会社の125名に出されたのが10月初め。説明会などもあって、それを受けることにした人の最終日が昨日11月1日だった。会社で最年長になっていた。
それでも若造りなので、お声がかかる間は働いていようと思っていた矢先のことだ。私の仕事は主に駐在員の世話で、人間好き、世話好きな私の天職といっていいような仕事だった。
とても楽しんで働いていたので、これを受けるかどうか迷った。決定に心の平安があるようにと教会の姉妹が祈ってくれた。
娘が今年結婚したので、2、3年の間には孫が生まれるかもしれない。キャリアレディの娘には両親のヘルプが絶対に必要だ。孫の世話で忙しくなる前にこの地上でしなければならないこと、したいことをしよう、いつ、召されるかわからないのだから、という結論に達した。
それに昨年心筋梗塞をした夫の食事管理という、妻の鏡としての仕事が第一だ。妻の鏡は長い間曇っているではないか。
最後の日に向かって、会社のキューブを方つけだした。毎日、私用のものを持ち帰り続けた。花瓶や、キューブに飾っていたものなどがかなりある。私は属する課での送別会や各種パーティーなども責任をもっていたので、細々した物が多くあり、驚いた。また後任は雇わないので、私の仕事をいろいろな人に分けなければならない。
また最後の最後までいろいろ質問のメールがくる。ひとつひとつの書類に目を通して、いらないものはシュレッドする。14年間の仕事のことを書いたノートが何冊もあった。思い切って捨てた。私の人生が葬られるような気がした。この世を去るときには、何もかも捨てていくのだ。
送別会がもたれた。職種がら、みなさんに感謝され、別れを惜しまれた。この会社にいる間、日本からの駐在員の方々にアプローチして、救われて帰国した人は一人。今その過程にいる人がふたり、収穫は多くはなかったが、たしかに種を蒔くことはできた。
送別会のときのスピーチで
「私の家からこの会社が双眼鏡で真前に見えます。毎日レンズを通して会社と皆様のことをお祈りしています」
と言ったが、挨拶用語ではなく、本当に毎日彼らの救いのために祈ることにした。昔飛行機で隣り合ったオーストラリア人のクリスチャンが、日本の上空で救いのために祈りましょうと、いっしょに祈ったのを思いだした。祈りは必ずなる。
竹下 弘美
P.S. 上の写真は我が家からみた、私の勤めていた会社—三方向になっている白いビルの手前の茶色のビルです。


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