ジョン・ルイス氏死去 | 真に偉大な人は、静かにこの世を去る

▶︎ 主を思う・・

私たちが学生ビザでアメリカに来たのは、1968年の6月でした。マーチン・ルーサー・キング牧師、ロバート・ケネディー上院議員が暗殺された直後でした。

私は、大学で政治学/法律を学んだ者ですが、自分の意識には、ベトナム戦争のことだけしかなく、黒人の差別がこんなにひどいものだとは思いもよりませんでした。いずれにしても、これは、アメリカだけの問題で自分には関係がないと思っていました。

それが、次第にベトナム戦争の問題から黒人(奴隷)問題へと意識が広がっていくと、この問題の根深さがわかってきたのです。

「物」でしかなかった者が「人間」になる。所有者たちが、その権利を放棄しない。黒人も主体性をもって建設的な人生を築こうとしない。だって、彼らの現実は、きわめて厳しいのですから。

ジョン・ルイス上院議員が、この7月17日に天に凱旋しました。彼の偉大さは、マーチン・ルーサー・キングの非暴力主義を自らの身体で実行した人だということに尽きます。

最近の彼のツイッターに下記の文を載せています。

「私は、あなたの痛み、怒り、絶望感、絶望感を知っています。実際、正義は非常に長い間否定されてきました。でも、暴動、略奪や、焼き打ちは、解決方法にはなりません。

みんなで、組織的なデモをし、座り込みし、または、立ち並びをし、そして、投票をすること。破壊的ではなく建設的でなければなりません。」(意訳)

この言葉は、まさに、1950~60年代にかけて行われた市民運動にかかわった人の言葉です。

ジョン・ルイスは、デモの最中に警官のこん棒で頭蓋骨を割られました。でも、神さまは、彼を生きながらえさせてくださり、私たちに(かつての)市民運動というのがどんなものであったかということを示してくれたのです。

彼は、マーチン・ルーサー・キングの弟子でした。と同時にイエス・キリストの弟子でした。

イエスさまは仰いました。「5:43 『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 5:44 しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。 5:45 こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。

自分だけのことを考えるなら、悪人にやられっぱなしでは困るけれど、この世の中の悪を正すには、そういう犠牲が必要なのでしょうか。

あのマルコムXは、“やられっぱなしではダメだ”というモハメッドの教えにしたがって、自治体(軍隊)を組織したのですが、(同じ運動家たちと意見を異にして)暗殺されてしまったのです。

要は、力で敵に勝っても、それは本当の勝利ではないということですね。<敵を愛する>ことなんて無理な相談なのですが、(それが主のみ心なのだから)愛そうと思う、というところから始めることになるのでしょうか。

祈るということはそういうことなのかなと思わされています。・・・この地に平和が来ますように・・・。

ロバート・イー


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。よろしければ応援クリックをお願いします。

▶︎ 主を思う・・

Posted by SANBI.us